2017年1月15日日曜日

読みました:「孤独な祝祭 佐々木忠次」

こんにちは。千葉です。

年末年始に読み終えた本の感想です。


東京バレエ団を、そして日本舞台芸術振興会(以下、NBSと表記)を長年率いた佐々木忠次氏の評伝です。今年の四月末に亡くなられて、その訃報は世界が衝撃として受け止めたことでしょう。もしかすると、日本国内でのそれ以上に。

彼だからなし得た東京バレエ団の成長、そして数々の世界的な音楽家、ダンサー、振付師の招聘は本書の副題である”バレエとオペラで世界と闘った日本人”のままです。その戦いの生涯を、生い立ちから若き日の裏方仕事時代、そして今年に至る長い戦いの日々をこうして知ることで、どうしてもあれやこれやと考えてしまいます、それこそ自分の卑小さから現在のクラシック音楽受容のあり方まで。

どうしてそうなってしまうかと言えば、ひとつには佐々木氏が生涯になされたことの大きさがあるでしょう。佐々木氏が成し遂げた引っ越し公演の存在感の大きさはちょっと表現しにくいです。長年の取組かなって実現したミラノ・スカラ座の来日公演はカルロス・クライバーも愛好したたぐいの音盤(ストレートには書けません)でおなじみですし、リアルタイムの記憶ではウィーン国立歌劇場の「薔薇の騎士」は仙台から羨望の眼差しで見ていたものです(その直前のウィーン公演に、友人が卒業旅行で行ったと自慢されたときはさすがに温厚な私も以下八文字自粛)。
この「現地でも高い評価を受けた公演を最高レヴェルのキャスト、指揮者による上演で日本に持ってくる」スタイルを確立した偉業だけでも一人の生涯には大きすぎるほどの功績でしょう。そこに加えて東京バレエ団の現在に至る道程があるのだから、クラシック音楽界隈にいる私の生涯では何十回分に当たりますやら。と、つい我が身に引き当ててしまうのです。「日本のインプレサリオ」と呼ばれたほどの偉人であるのだから、自分と比べる必要など本当はないのだけれど、本書を読むとついそういう事を考えてしまう。思うに、本書が佐々木氏の生い立ちや若き日についていきいきと描写してくれているから、一個人としての佐々木氏を知ることができて、それゆえに自分個人と引き比べてしまうのでしょう。

そして現在を考えてしまうのは、佐々木氏の活躍した時代を見てしまえば否応なく、と言わざるを得ない。若き日の舞台監督、美術担当時代の同僚が栗山昌良氏や妹尾河童氏らであること、そしてその時期を踏まえれば、その時代は近年再評価が進む「三人の会」と同時期であることに気付かされます。音楽ファンとして、つい著名な作曲家や演奏家を軸に受容史を見てしまいがちなのだけれど、当然そこには彼らとともに舞台を作ったスタッフがいたわけで。そこで共有されていた理想、熱があったから、実際には知らない「あの頃」に輝きを感じてしまう※。かつて夢見られた最高の舞台へのヴィジョンを、今の私たちは共有できているのか?そう問わざるをえないのです。

※いまはその熱がない!なんて言いたいわけではないのです。おそらくは前提となる条件が違う時代をかんたんに比べてしまうのはいくらなんでもアンフェアですし。私たちは過去の時代に行われた試行錯誤の中の最良の部分だけを見て憧れてしまったりするし、現在の良くない部分に落胆するあまり美点に気づけなかったりする、そういうものなんだと思うっすよ。

おそらくは、そうならなかった現在への怒りが、佐々木氏晩年のエッセイなどに現れていたのだと思えば、かつてNBS NEWSに掲載されていたエッセイを毒舌的なそれとして消費してしまった自分の浅さが如何にも恥ずかしい。強すぎる正論の強さは時に笑いに転化するものではあるけれど、当時も本旨を取り違えていたとは思わないけれど、どうにも自分の力不足への反省になっちゃうんですよ。それだけ、佐々木氏の見ていた世界が高く美しかった、ということだとわかってはいるのですが。生きてるうちは精進するしかないですね、ええ。その程度しか学べないのかと言われると「はいごめんなさい」としか言えない小物の感想はそんなところでございます。

****************

この本を読んでいた年末年始、彼が育てた東京バレエ団は第31次海外公演として、ベルギーで「第九交響曲」の上演を行っていました。もう佐々木氏も、モーリス・ベジャールもいないけれど、記念碑的作品の里帰りを大成功させています。

この喝采を聴いて感じたものを言葉にするならば、「何かを彼らから受け取ったと思うならば、何かの形で次に伝えるしかない」ということになりますでしょうか。それを彼ら彼女らのように理想的な形ではできないまでも、できることをするしかない。最近はそう思わされることが増えてきてそこに年齢を感じますが、それに見合わない非力がなんとも情けない…と、また反省に戻ってしまいました。それだけ大きい存在の方だったのだ、と千葉は感じているのだとご理解いただければ幸いです。

佐々木忠次氏の生涯から千葉はこんなふうに、何か課題を受け取ったように感じていますが、きっと読まれた方それぞれに別の何かを受け取られることと思います。昨今ありがちな「日本すごい」的なものとはまったく違う、「佐々木忠次凄い」(敬称略)としか言いようのない彼の生涯を知って、そして東京バレエ団NBSという彼が遺した事業と今後も長くつきあっていけるならば我々受け手も幸せであろう、そんなことをしみじみと感じる読後からしばらく経っての感想でありました。

※なお、本書を読み進める中で千葉がメモした内容も残しておきました。目次代わりにでもご参照ください>リンクはこちら

本日は前説も後説もなしでおしまいです。ではまた、ごきげんよう。

0 件のコメント:

コメントを投稿